当日の記録


搬入 (5/12)

 参加した学生の多くは午前中に授業を受講していたため、授業の後に大学を出発し、およそ1時間かけて会場である金城ふ頭・ポートメッセなごやへ向かった。

 

 14時に現地集合の予定だったが、ポートメッセなごやへ初めて行く学生も何人かおり、迷いながらの移動になったため、到着にばらつきが出た。私たちは9名しかいないので、一緒に移動してもよかったと思う。そうしたアイデア出しや声かけという積極性やコミュニケーションは、社会に出たらより重要になるはずで、こんなことにも実践的な授業の学びがあるのだと感じた。

 

 机や棚など、什器の運び込みは駒井先生と現場監督である細野さんにやっていただいた。 また、作業は主に津田先生と茶谷先生が行っていて、私たちはなかなか参加できずにいた。それは、何をしたらいいかわからなかったのと、先生方の邪魔をしてはいけないという、変な遠慮の意識があったからだ。しかし、松村先生の「奪うつもりで自分から仕事をしないともったいないよ」という言葉に押され、私たちは何をしたらいいのか聞きながらも積極的に作業に参加するようになっていった。搬入は、荷物を運び込むだけではなく、そこからセッティングをしたり、キャプションをサイズに合わせてカットしたり、ポスターを貼るといった細かい作業に時間を要した。終了したのは、作業開始から4時間後だった。

搬入の様子
搬入の様子

1日目 (5/13)

 1日目は、参加学生の半分近くが別の授業のため欠席したが、特に支障は無かった。運営は基本的に参加学生の全員で行い、昼休憩などは交代で取るよう工夫をした。

 

 開場してまもなく、津田先生と茶谷先生による50分間のステージ発表があった。発表は「医療とアートの学校」エリアのAステージで行われた。聴衆は学生とスタッフを除き4〜5人だった。40分間が展示作品の紹介、残りの10分間は江坂先生が事前に収録した、ユネスコと、創造都市としての名古屋の活動や、世界各地の創造都市の活動、作品の紹介だった。また、昼過ぎには音楽ケアデザインコースの教員である伊藤先生がBステージで発表を行った。

 

 ブースでは先生方が作品の解説や名古屋芸術大学、また芸術教養領域の活動の紹介などの主な応対を行なった。私たちも同等の応対を行うことがあったが、もっぱら挨拶やパンフレットの配布、簡単な声かけに止まった。これはまだ場に慣れていなかったのが原因だろう。

 

 途中、1名が体調不良で早退したが、それ以上のトラブルも無く、1日目は終了した。16時頃の解散だったと記憶している。

 来場者数をカウントしていなかったことが悔やまれる。配布したパンフレットの減り方から、100名ほどに来ていただいたと思われる。

《Odd Cats》をプレイする来場者
《Odd Cats》をプレイする来場者

2日目 (5/14)

 1日目に不在だった学生に加え、松村先生も来てくださった。2日目の運営は交代でブースの受付と説明を担当した。担当者以外は他のブースを見て回った。展示内容やレイアウトなど学ぶ点が多々あった。

 

 正午に「医療とアートの学校」エリアのBステージで、梛野と春田による30分間の展示作品の紹介があった。通り掛かりの人が立ち止まってくれることもあったが、聴衆は学生と教員、スタッフが主だった。

「台本が話し言葉だったので、司会者っぽく読むようにした」「発表に興味を持ってもらえるように、スライドに指差ししたり、観客と目を合わせるようにした」と梛野は振り返る。

 

 ブースでは、1日目に比べ学生が応対する場面が増えていた。1日目よりも参加学生が多いことで生まれた自信や、慣れによるところが大きいだろう。また、それぞれの接客スタイルがあり、こうしたことで自身や他者の良さや特徴がわかるのだと感じた。大きなトラブルは発生しなかった。

 

 来場者数は1日目より若干多かったように感じる。そのほとんどは、やはり医療関係者や医学生、看護学生等だったし、様々な医療福祉系のボランティアをしている人も多かった。お子さん連れで来ていた人も何人か見かけた。休日に家族サービスと仕事での勉強を兼ねての来場だったと思う。その姿を微笑ましく思う一方で、働く大変さも感じた。

梛野(左)と春田(右)によるステージ発表
梛野(左)と春田(右)によるステージ発表

搬出 (5/14)

 16時、学会が終了すると同時に搬出作業を開始した。

 各自が積極的に取り組んでいた。何をどうすればいいかわかっている動きだった。たった2日間とはいえ、搬入時と違って場慣れしたことは明らかだ。しかし、翌日からの細かい備品を返却する際には、東キャンパスにあるべき物が西キャンパスの荷物に混入していたり(名古屋芸術大学にはキャンパスが東西の2つある)、その逆だったりということが判明して手間取った。「搬入と搬出は、同じ人が同じ物を担当する」というルールは徹底すべきだと反省した。

 

 薬棚や受付用机といった大型の什器にはトラックが必要で、それらを西キャンパスで下ろすには人手が必要だった。そのため片岡が学生を代表して手伝うことになり、駒井先生が運転するトラックに同乗し、大学で荷降ろしを行った。他の学生は現地解散となった。


おわりに

 学生という立場でありつつも、実際の現場で社会を肌で感じた2日間だった。それは例えば、アートや私たちの活動に関心を持つ人が意外と多くいることだ。来場者と実際に話をするまでは、なんとなく立ち寄ったというような人に、一方的に押し付ける形になるかもしれないと思っていた。しかし、いざ挨拶したりパンフレットを渡したりしてみると、「これはどういう作品なんですか?」「皆さんはなにをされてるんですか?」という興味を持ってくれる声が聞こえてきたのだ。そういった「社会」からの反応が嬉しく、稚拙ではあったが嬉々として答えた。

 また逆に、パンフレットの受け取りを断ったり、ブースを通路として通り過ぎていく人も少なくなかった。このような潔い無関心もまた、社会の一面だと実感した。

 

 これらの経験は、学外に出なければ絶対に得られなかったものだ。しかし、先生方の途方も無い苦労と支援の上に成り立っていることも忘れてはならない。今回のプロジェクトを通して得た、社会についての色々な実感を、この先の活動の糧としたい。